2013年7月17日水曜日

いつか、かの地へ

チベットへの憧れ。
思うに原点は、小学生のときに金曜ロードショーで観たSeven Years In Tibet。
近代文明から距離を置いたヘンテコな国。馴染みがあるようで全く知らない仏教の世界。旅をしてチベットにたどり着き、チベタンと仲良く暮らすハインリッヒ・ハラー。少年時代のダライ・ラマ14世が外の世界に思いを馳せたように、僕は閉ざされたこの国に心を奪われた。

最近になってチベットに関する本を色々読んでみたりもしたけど、結局のところ付け焼き刃の知識よりも、「不思議な国を旅したい」という単純な動機がすべてだったように思う。

今回僕が旅したのは東チベットのみで、ラサにも聖地カイラスにも行けていない。
チベットへの憧れは、まだまだ終わりそうにない。

2013年7月16日火曜日

ホルヘの知恵

「ヒッチするのに役に立つんだよ」
と言ってホルヘから貰った、ダライ・ラマ14世の写真。
B5サイズの大きめのブロマイド。

東チベット、雨季は道が悪く公共バスはほとんど走っていない。必然的に乗り合いバンで移動することになる。
ところがこの乗り合いバンの運転手が曲者で、外国人とわかるとかなりふっかけた値段を要求してくる。公共バスの3倍の値段なんてザラだ。
カム地方のチベタンはこうやってお金を稼いで、ラマ(僧侶)には気前良くお布施をするらしい。

そんな信仰心の厚い(?)彼らの特性を逆手にとったホルヘの作戦は、
ダライ・ラマ14世の写真をあげるから乗せて行ってくれ、というもの。
彼らにとってダライ・ラマは仏様そのもの。中国政府によってダライ・ラマ14世の写真は規制されているので手に入りにくい。何故か大きいもの程ありがたいらしく、B5サイズは涎が出るほど欲しいんだとか。

かくして、ホルヘから貰った一枚の写真によりラルン・ガル・ゴンパからバタンまで、約8時間(130元)の道のりをタダで移動することに成功したのです。

ありがたや、ありがたや。

2013年7月15日月曜日

AM 5:30


早朝。
朝霧につつまれ、祈りの一日ははじまる。

2013年7月14日日曜日

ラルン・ガル・ゴンパ



セルタの街から乗り合いバンで30分ほど走る。
白く大きな仏塔群を通り抜けると、そこは別世界。いや、異世界が広がっていた。

赤紫に濃い灰色を混ぜたような色。
チベットカラーのバラックが山の斜面を埋め尽くしている。
同色の袈裟を着た僧侶がいたるところに、ところ狭しと歩き回っている。
一日中間断なく、どこにいても、スピーカーからお経が流れてくる。

ラルン・ガル・ゴンパ。
カリスマ的人気を誇る高僧の元で修行をしようと、各地から僧侶が集まったことで出来た巨大な仏教コミュニティ。いわゆる街や村といったカテゴリーに分類出来ない特殊な場所。

坂道を駆け上がるにつれ、景色も、音も、空気も変わっていった。

2013年7月13日土曜日

デルゲ・バルカン


寺院の内部が経典の印刷所になっている。

印刷する人、木版を運ぶ人、刷られた半紙をチェックする人、半紙を纏める人。分業制になっているが、機械は一切使わず、すべての作業は人の手で行われていた。

一時間も見ていると、「この作業はこうした方が効率がいいのに」「道具の位置を変えればもっと楽に出来るのに」という思いが湧いてくる。正直、かなりレベルの低い仕事場だった。

けど、きっとそういうことじゃないんだろうな。
効率とか楽に作業するとか、そんなのはここでは的外れな考え方。

お経を唱えながら、汗を流し、経典に魂を込める。
意味も意義も、そこに集約している。
それ故にここは、こんなにも美しい。

2013年7月10日水曜日

スーパー ストレス ロード

前日に大雨と雹にうたれてバイクで走ったのが原因か、高山病がぶり返してきたのか、またはその両方か。
朝から激しい頭痛に下痢、吐気。しかしリタン滞在を一日伸ばしてしまったこともあり、今日移動しないわけにはいかなかった。

次の目的地はカンゼ。リタンからはバスが出ていないので乗り合いバンで向かう。が、前日に話をつけておいたドライバーが迎えるに来ない。
仕方ないので別のバンを探す。一時間ほどでカンゼ行きの車が見つかったが、三人掛けシートに四人を詰め込んで、しかも雨漏りのする最悪の環境だった。

午前9時に出発したバン、乗客は僕以外全員がタバコを吸うので常に窓を開けている。7月といってもここは標高4000mオーバーなのでかなり寒い。窓側に座っている僕は冷たい風を受け、雨に濡れる。この日の僕の服装は、Tシャツにカーディガン、下はハーフパンツ。これは前日に濡れた長ズボンとダウンジャケットが乾いていないから。

カンゼへの道の路面状態は凸凹、頭をシェイクされ、その度に頭に鈍痛が走る。更に道路が大雨で泥々になっているため車を降ろされ、泥まみれになりながら押すこと十数回。たった200kmほどの距離なのに、10時間も掛かった。

かつてないほど辛い移動。
唯一の救いは、僕の格好を笑っていた叔父さんが牛肉麺をおごってくれたことだった。
変なとこで優しい中国人。だからこの人達を嫌いになれないんだよなあ。。


2013年7月9日火曜日

モーターサイクル

予定を変更した。
宿で一緒になったスペイン人のホルヘに誘われ、リタン周辺をバイクで走ることになった。中国語が堪能な彼はどこからかバイクをレンタルしてきて、「運転は任せるよ、僕は乗ったことないから」とニコニコ笑っている。
鳥葬を見れなかった僕らは、このままリタンを去るのがもったいない気がしていたんだろう。いい景色の場所があったら写真を撮って昼寝でもしよう。そんな適当な計画であてもなくバイクを走らせた。

2時間ほど走り、途中チベタンの家でバター茶とヨーグルトをご馳走になり、競馬レース(夏の東チベットではよく行われている)を見学し、帰りは大雨と雹に打たれながら帰った。

この日、僕は一日中ウキウキしていた。ホルヘもそうだったと思う。
男二人のバイク旅は僕の憧れのひとつだった。






ホルヘ、笑顔が眩し過ぎるよ。